「ジョージは愛情に満ち、100人の力に匹敵するほど強い人でした。彼は偉大な人物でした。すべての人間性、すべてのウィットとユーモア、すべての知恵と霊性、人としての常識、そして思いやりの心を兼ね備えた偉大な魂の持ち主でした。
彼は太陽、花、そして月のような存在でした。彼がいなくなってものすごく寂しいです。彼がいない世界は、大きな空虚のようです。」
〜ボブ・ディラン


「親愛なる友人、ジョージの訃報を聴き、深い悲しみに暮れています。ポップ・ミュージックの重鎮を失ったばかりでなく、私にとっては最高にフレンドリーで寛大で愉快な人物を失うことになりました。」
〜ジョージが最後にプレイしたミュージシャンのひとり、ジュールズ・ホランド(Jools Holland)


「僕たちすべてにとって悲しい日となりました。僕はジョージが大好きでした。彼はものすごくやさしい人でした。わずかですがともに過ごした時間は印象的で忘れられません。彼は素晴らしいインスピレーションを与えてくれる人物で、僕の心も何百万もの人々と同じく、感銘を受けました。 寂しくなりますが、彼はいままで耐えてきた痛みを越え、ようやく安らかになれたのだと思います。オリビアとダニーに心からお悔やみ申し上げます。ジョージの魂は今も家族のそばで、ふたたび会う日まで毎日お守りしてくれることでしょう。ジョージ、あなたは美しい。変わらぬ愛を込めて、ジュリアンより」
〜ジュリアン・レノン


「ジョージはビートルズのなかでベビーとよばれていました。愛らしかったですよ。僕は当時『ジョージはビートルズの大きな歯車だ』と言ってました、ジョージの静かな影響力のおかげでグループが団結してたんです。
とても悲しいです。3人が逝ってしまいました。スチュアート・サトクリフにジョン・レノン、そしてジョージ。
ジョージは自分が才能あるソングライターであることに誇りを感じていました。彼に関しては優しい思い出があり、彼がどこにいようと幸せであることは僕は知ってました。そのような偉大な人物について語れることを名誉に思います。」
ビートルズの最初のマネージャー、アラン・ウィリアムズ(Alan William)


「彼は肺を刺され、そのあと肺ガンだと診断されたのだとは思っていません。むしろ、その心理的な衝撃の方が影響したんだと思います。
ジョージのポップスと文化における最大の功績は、他文化を西洋のポップスに取り入れたことでしょう。例えば、ジョージはインドでシタールの勉強をし、その間にインド文化を吸収したのです。シタールをお気に入りのギターとして扱うのではなく、より真剣に弾いていました。」
〜ジョージの伝記作家アラン・クレイソン(Alan Clayson)


「電話で彼に連絡をとろうとしましたが、できませんでした。彼がこんなに重病だなんて、だれも気づきませんでした。いまは理路整然と考えることができません。」
〜ジョージの前妻、パティ・ボイド(Patti Boyd)


「私自身にとって、ジョージを知る方、愛する方すべてにとって、とても悲しい日となりました。彼は私の10代の一部、ジョンとの結婚生活の一部、私の人生のとても重要で忘れられない一部でした。彼は私の家族の一部だったのです。
彼はこの世から旅立ってしまいましたが、彼はおしみなくその才能と精神を残してくれました。彼の真実を探求する精神は、ついに平和を見つけたのだと私は確信しております。
オリビアとダニーに愛を込めてお悔やみ申し上げます。彼の思い出が家族に限りない強さと勇気をもたらすと思います。」
〜シンシア・レノン


「ショックで立ちすくんだ。僕の言いたいのは、彼はポップスにおける自分の場所が揺るぎないものだということを知ってたということだ。誰もが、1985年にライブ・エイド・コンサートの彼のギターの1節1節がわすれられないだろう。僕はジョージへ心から感謝の気持ちを忘れない。」
〜ボブ・ゲルドフ(Bob Geldof)


「私の世代にとっては、生活の一部でした。自分自身を含めて、ひとつの世代がビートルズとともに育ったのです。ビートルズの音楽、バンド、そのメンバーは、私たちの生活のバックグラウンドでした。直接ご本人と会う機会はありませんでしたが、世界中の人々が彼の死を悲しんでいることでしょう」
〜トニー・ブレア首相


「ビートルズは彼の世代にとって人生の大きな部分を占める存在。4人のうちふたりも亡くなってしまい、悲しんでいる。ビートルズは音楽史において、もっともすばらしいグループのひとつであり、大統領はジョージ・ハリスンの死を非常に悲しんでいる」
〜フライシャー報道官(「ブッシュ大統領も、ジョージの死を非常に悲しんでいる」と前置きをして)

 


[もどる] [すすむ]