1998年8月:『ビートル・ブーツ』





1960年代におけるビートルズの登場は、サウンドはもちろん、そのファッションもたいへんセンセーショナルに受けとめられました。額におろした独特のヘア・スタイル、まるで女性が着るシャネル・スーツのような丸えりの上着、長い足にぴったりフィットした細身のパンツ、そして先のとがった高いヒールのブーツ。フラワー・パワーだピーコック革命(孔雀をはじめ、鳥の世界はオスのほうが断然派手だったことから生まれた言葉)だと、男性がおしゃれに目覚めはじめるずっと以前のことですから、世の人々はほんとうにびっくりしたことでしょう。そんな最先端を行くビートルズが、ステージやフォト・セッションなど「お仕事」の場だけでなく、ふだんから気に入って身につけていたのがこのビートル・ブーツと呼ばれたブーツでした。

ビートルズが履いていたものは、柔らかい黒のなめし革でサイドにはゴムが入っており、さらに足の甲のまん中にシーム(縫い目)のある、2インチ(5センチ)のキューバン・ヒールというのが特徴でした。キューバン・ヒールとは「婦人靴で太めの中ヒールのこと」と辞書にもあるので、やはり男性の靴ではめずらしいものだったようです。

ビートルズはこのブーツをいつごろどこで見つけ、手に入れたのでしょうか。
初期ビートルズのファッションに大きな影響を与えたのは、ハンブルク巡業で出会ったアストリット・キルヒヘル、クラウス・フォアマン、ユルゲン・フォルマーといった、芸術家の卵たちだったことは有名ですね。そして、最初の巡業のときのメンバーだったスチュアート・サトクリフが、アストリットと恋におちたことも…。実はビートル・ブーツも、ここに端を発していたのです。

アストリットと婚約し、ビートルズをやめてドイツに残ったスチュが、彼女とともにリバプールでクリスマスを過ごそうと帰省した1961年の暮れのことです。ロンドンでショッピングを楽しんでいたふたりは、アストリットが以前からお気に入りの靴を買っていた、アネロ&ダビデというダンス・シューズ専門店に入りました。ここで、ふたりはあのブーツを見つけたのです。それは男性用のフラメンコの練習靴だということでした。

翌1962年の2月、少し前から続いていたひどい頭痛の検査のため、しばらくイギリスに戻っていたスチュは、あのブーツを履いてキャバーン・クラブにビートルズのステージを観にいきました(このとき彼はえりなしスーツも着ていたと言われています)。そこでビートルズはスチュを介してこのブーツと出会ったというわけです。

その2か月後、3度目の巡業でハンブルクを訪れたビートルズは、スチュの突然の死を知らされます。このときジョンとジョージが、悲しみに沈むアストリットを元気づけようとカメラを持たせ、スチュのアトリエで撮影してもらった写真が残っていますが、そのジョンの足元には、あのブーツらしきものが写っているのです。ということは、スチュがこのブーツを購入したのが1961年の12月末、ビートルズは1962年の2月にスチュを通じてこのブーツのことを知り、4月にハンブルクへ出かけるまでのあいだに(少なくともジョンだけは)手に入れていたものと思われます。

その後ビートルズはデビューしてからも、このロンドンのアネロ&ダビデという靴屋でブーツを注文していたということです。『ビートルズ・マンスリー・ブック』の写真でも、さまざまなバリエーションのビートル・ブーツを見つけることができました。


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